<   2011年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧

Ce chemin a-t-il un coeur? カルロス・カスタネーダ




Tout chemin est seulement un chemin,

et il n'y a pas offense envers soi-même ou les autres

à les quitter si le coeur t'en dit...

Regarde chaque chemin séparément et délibérément.

Essaie-les autant de fois qu'il te paraît nécessaire.

Puis demande-toi, et à toi seul:

ce chemin a-t-il un coeur?

S'il en a, le chemin est bon;

s'il n'en a pas,

il n'est d'aucune utilité.


Carlos Castaneda
"L'Herbe du diable et la petite fumée"








いかなる道もひとつの道にすぎない。

心に従うかぎり、道を中断してもさげすむ必要はない‥・

あらゆる道を慎重に良く見ることだ。

必要とあらば何回でもやってみるがいい。

そして自分に、

ただ自分ひとりに、つぎのように尋ねてみるのだ。

この道に心はあるかと。

心があれば良い道だし、

なければ、その道をいく必要はない。

カルロス・カスタネーダ
『ドン・ファンの教え』


[PR]

by lamteramoto | 2011-09-29 06:25 | Image Amour Musique

La Preuve de Dieu

d0176838_6504518.jpg




La Preuve de Dieu



Récemment, dans mon blog, j'ai parlé de la "Preuve de Dieu" parce que j'ai reçu deux commentaires très importants.

La première personne était très méfiante quant aux messages des Maîtres. Elle craint que je ne propage la peur.

L'autre commentaire : "faire attention vis-à-vis des entités qui te fait évoquer une telle sensation de rôle important". J'avais dit : "j'ai eu la sensation d'être visée par une flèche blanche".

A cause de l'intervention de deux personnes, j'ai ressenti le besoin de m'expliquer sur ma relation avec les êtres invisibles dans l'espace.

Voilà, c'est la raison de mon écrit.


d0176838_652245.jpg



"Est-il possible d'avoir la preuve de Dieu ?"

J'ai analysé ce thème selon trois clefs :
1)C'est possible actuellement du fait que la conscience collective de l'humanité est constamment en mutation. Dans l'avenir, il sera possible de prouver Dieu.

2)"Il est impossible de prouver Dieu" Cela n'est pas prouvé jusqu'à maintenant, donc ce sera possible.

3)A quoi bon de poser cette question ?
Je me demande quelle motivation est en soi pour vouloir prouver Dieu.



Notre monde de 3ème dimension est le monde du fini ; toutes les choses et les êtres sont transitoires. Les Bouddhistes l'appellent l' "Impermanence ". Pourtant, le monde infini est présent. Mais comment est-ce possible de prouver le monde infini dans le cadre du fini. (A ce sujet, dans notre Groupe, nos amis, nos frères, grâce à l'expérience des énergies ont été incités à créer un site ayant pour vocation le service auprès de personnes qui se posent des questions difficiles. Je vous présenterai les questions-réponses intéressantes faciles à comprendre).


d0176838_6541479.jpg



Depuis le passé ancien, nous savons que le monde infini existe. Les enseignements d'Eternité et d'Amour infini nous sont parvenus depuis les dimensions supérieures. Mais nous devons être prudents pour recevoir ces Enseignements. Il est nécessaire d'attendre l'évolution personnelle et de purifier le mental de l'émotion et de l'égoïsme. Sinon, dans la réception impure, l'eau propre sera contaminée immédiatement. Le doigt n'est pas la lune qu'il montre. L'enseignement (doigt) n'est pas l'objet lui-même (lune). Il ne faut donc pas tout avaler ni rester à faire semblant d'avoir bien compris. Je pense que cette compréhension est très importante.

Si, par exemple, quelqu'un parle avec des mots d'amour à une autre personne, cela ne veut pas dire qu'elle l'aime assurément. De même, une personne arrogante ne comprendra pas la même chose qu'une personne humble. Entre deux personne, il y a une différence de résultat dans la compréhension, c'est évident. Mais quand j'étais jeune, je ne le savais pas.

Ainsi, un homme peut très bien parler de Dieu sans qu'il n'y ait aucune garantie qu'il soit porteur de l'Energie Divine.


d0176838_6562264.jpg



On voit bien actuellement les phénomènes de "channeling" ou "canal" ainsi que les guru dans le monde spirituel. Il faut être très vigilant, simple et sage pour ne pas tomber dans le piège, ni se déconnecter de la réalité de chacun.

L'important ici, c'est de vivre et de pratiquer la Voie : les Lois de l'Univers, l'Amour infini et la Sagesse, mais ne pas suivre un être charismatique de culte ou de magie.

Pour ce travail, il faut savoir qu'il n'est nul besoin d'aller à un endroit saint en particulier mais nous pouvons apprendre et pratiquer avec n'importe quelle personne de son entourage, tous les jours, dans chaque situation.

Nous commençons par l'ouverture du cœur. C'est la préparation pour se connecter directement à des dimensions supérieures. Mais parmi nos amis, nombreux sont ceux qui veulent passer tout de suite à l'étape suivante (en particulier, pour obtenir de l'ESP). Mais ce n'est pas juste. Nous courrons un grand danger.

Sans connaître sa propre ambition caché, si nous nous approchons de haute tension, très dangereuse, nous allumons un feu sans savoir se protéger, nous pouvons nous brûler.

Parmi les personnes "canal" que j'ai rencontrées, certains amis provoquaient des situations très graves et eux-mêmes se laissaient tomber dans le chaos.

Au regard de sa propre cupidité, il apparaîtra Bouddha ou Christ. Dans cette illusion, nous oublions l'Amour pour les autres et il en résultera également une tendance à l'hypertrophie.


d0176838_6575218.jpg



En conclusion, il faut d'abord commencer par l'observation de soi-même. Puis vérifier sa motivation, son attitude juste et rester humble. Par expérience, je vous dis franchement que cela est nécessaire. Plus tard, nous nous demanderons à nous-mêmes "Que veux-je faire avec Dieu ?".

Merci infiniment pour votre lecture.

Michko
[PR]

by lamteramoto | 2011-09-28 07:00 | Sagesse 叡智への道

神の証明 まとめ

d0176838_551487.jpg



先日『神の証明』という小論文を書きました。
(な〜んちゃって!)

高次元のメッセージを発信していますが、その一つ最近のシリウスのマスターのメッセージはとても厳しいので、「恐怖を煽っているのではないですか?」というお叱りのような要注意コメントを頂いたことがきっかけでした。

それからもう一つきっかけは「白羽の矢が当たった」という私の表現に対して「そのような気にさせる異次元の存在は要注意」というものだったんですね。
この第3者からの介入によって、不可視の存在との関係をきちんと整理する必要性を感じ、ほぼ自分の体験から得た学びを『神の証明』と題して分析してみました。


『神の証明は可能か?』3つのキー

1:時間:人間の集合意識が変化しているという事実から、将来は神の証明さえ可能になる。

2:『証明されない』という証明はないので可能である。
  
3:質問そのものを問う。
『神の証明は必要か?』証明した人間のモチベーションを探る。

『この問いを問うことにどんな徳があるか?』
神を証明しようと欲する人のモチベーションが何処にあるのか、それを問うてみる。


私たちの3次元世界は全てが有限で、仏教で言う<無常>の世です。無限の世界も存在しています。が、この有限の枠の中で、無限をどうのように証明することができるでしょうか? (*この点で、私たちの仲間の一人が、エネルギー部門に詳しいので、これから疑問のある方に応対するサイトを制作しているようです。有効な理解しやすい問答がありましたら、ご紹介させていただきます)


「無限の世界はある」と、昔から言い伝えられています。永遠の魂や無限の愛の教えは、高次元の専門です。しかしこの教えを受けるには、個人的成長、エゴイズムやメンタル感情の浄化が必要です。受けとる器が透明になっていないと、純粋な水はあっと言う間に濁ってしまうからです。<月>を指す<指>は、月ではないのです。教え(=指)はあくまでも教えであって、本体(=月)ではないのです。ですから鵜呑みにして、分かったつもりでいてはいけません。このことの深い理解がとても重要に思います。



d0176838_5531765.jpg




たとえば、愛のことばを並べても、彼が真に彼女を愛しているかということにはなりません。また傲慢な人と、謙虚な人では学んだ結果が違うことは明らかですね。でも若い頃はこのことが分かりませんでした。神の言葉をたくさん連ねて偉そうに話をする人がいますが、だからといって彼が神の化身であるという保証は全くありません。


最近はチャネリングという現象をよく見かけます。またグルという存在もあります。しかし精神界や、その他すべての世界で言えることは、とことん注意深く、シンプルで賢くないと落とし穴に落ちますよ、ということですね。現実から浮き上がってしまう恐れがあることを知っておかなければなりません。


ここで重要なことは、宇宙の法に則った道、つまり『純粋な愛』と『叡智の道』の実践者でいることであり、カリスマの存在を崇拝することではないということです。


これらの地味ですが、本質的で嘘のないワークは、特別な場所や聖地に行かなくても、出会うどんな人からでも、どんな状況からも学べるのです。私も自分自身で確かめました。このワークはハートを開くことから始めます。それが直接高次元と繋がる最初のステップです。でもこのワークを飛び越して、次のステップ(特に超能力を得ること)に上りたいという人が多いんです。そういう方はご注意ください。


自らの中に潜む野望を知らずに、高電圧に近づくと、その危険を知らない人は、身を守ることも出来ず、飛んで火にいる夏の虫のように、自ら燃えてしまうことになります。なぜか私は、チャネラーさんに出会うチャンスが多かったのですね。10名以上ものチャネラーさんを知っていますが、その何人かは大変な状況を引き起こしたり、自ら混乱に陥ってしまったのを見ています。人には本人の<欲>に見合ったブッダやキリストが現れて来るようです。そしてその幻想は、他者への愛を忘れて、どこまでも肥大する傾向にあります。



d0176838_55541100.jpg



そのための勧めは、まず己の内側を観察し、モチベーションをチェックし、姿勢を正し、謙虚になること。それが必須課題だと断言できます。それからやっと自分に問う段階が来ます。「私は神と、一体何がしたいのか?」と。

日本のみなさまへ愛と感謝をこめて

d0176838_1821039.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-26 05:57 | Sagesse 叡智への道

神の証明 完

d0176838_7484819.jpg



今回はちょっと長くなってしましました。でも楽しんでくださったら、幸いです。

みなさんは今、何を信じていますか?

『神は証明できるか』今度は少し違う角度から観察してみたいと思います。前回の観察の土台は、時間の差でしたが、今回は自己の内面です。<信じる>という言葉へ深く潜入したいと思います。なさんは今、何を信じているでしょうか?よかったら、信じているものを紙に書いてみてください。

自分、家族、友人、◯◯先生、偉人聖人、神、天使、お金、愛、健康、未来、地球、世界、エトセトラ

とりあえず、信じられるもの、信じているものを一つだけ選んでみます。何も信じられるものがない人は、とりあえず、<自分>あるいは<命>と書きます。

目をつむって数分、選んだ<何か>を見つめます。
ゆっくり呼吸をしながら、見つめてください。

10分くらいで止めます。

その間に頭をよぎった考えをメモしてください。

再度、同じことをやります。
そしてメモします。

次は何か他のことをしてください。
音楽を聞いても良いですし、パソコンで何かしてもいいです。散歩でも、買い物に出掛けても構いません。

戻ってから、このメモを読んでみてください。
そして、信じている<何か>のご自分の深層にある<疑い>をチェックします。

*疑いの余地のない方は、この章は飛ばしてください。あなたはもう人類を卒業しても良いかと思います。


d0176838_7513827.jpg



 このワークは何をするワークかと言いますと、<現実の自己>と<言葉>の間にある隙間を観るためです。日本には<間>という概念があります。これは素晴らしい認識ではないでしょうか?人間の意識には莫大な空間があり、そこにいろいろな想いや思い出、感情、感覚が詰まっています。そこでパーソナリティ(人格)を作り上げているだと思います。通常、幻のワタシと他者から見えるワタシの間にはズレがあり、真我と呼ばれる私は、もっと深い部分に潜んでいる意識らしいのです。


つまり、いろいろなワタシがいて、その都度都合のいいワタシが登場し、適合したシナリオを話しているのですね。信じる対象がどんなものでも、結局はほんの5分や10分の間に、それと全く逆の性質が浮上するというのが複数にいるワタシたちです。天使と書いた人は悪魔を、愛と書いた人は憎悪を、健康や命を書いた人は死や病を、友人や家族を書いた人は、その人たちの裏切りを思い浮かべたのではないでしょうか?


2000年前、イエスはある弟子に裏切られたという話しがあります。それで十字架に磔になった。


最近ではチベットにあります。私が学んだカルマ宗ですが、そこでもかなり大きな問題がありました。生まれ変わりを探す伝統のあるチベットの宗教は、カルマパ法王16世が崩御した後、弟子たちはあちこち法王の生まれ変わりを探しました。最初に発見された子供をダライ・ラマ法王が承認しました。しかし、他の弟子がそれを承諾できず、別なカルマパ17世の発見に臨みました。そしてついに見つけ出したのです。私が面会したカルマパは、二人目の法王でした。


カルマ宗派が二つに割れ、ボディガードが必要なほど物々しい対立がありました。ブッダの教えを学ぶために、なぜこのような物々しさが必要なのでしょう、と何年もよく分かりませんでした。二人の若いカルマパは、どちらも素敵な青年に成長し、今は多くの信者たちを前に説教をしたり、セレモニーをしたり、大活躍です。いろいろな噂がありますが、徐々に対立も和らいで来たようです。ブッダの弟子を自覚する者たちが、自らを慈悲と叡智と平和の化身として世界に貢献することこそ、今何よりも求められていることだと思います。


d0176838_10282367.jpg



しかし、なかなか思うようにいかないのが人間の道なのでしょう。カルマ宗だけでなく、あちこちの宗派で、スキャンダラスな噂を耳にしました。私は友人とのチャネリングから「ラマYとのリトリートは必要ない」と言われて止めたことがありました。結局、このメッセージが正しかったことが、数年後に分かりました。ヨーロッパ人出身ラマYは、女性問題を起こし、僧院を追放されたのです。


しかし、にも関わらず、まだ彼を慕って教えを請う弟子(女性)がいることを、前回センターに行ったおり、目の当たりにし、驚きました。どうやら、Yは僧院を出されてからも、めげることなくパートナー(女性)を伴って、他者の指導を続けていのです。聞くところでは、ナルシシズム症候群という病にかかったのだとか。昔テレビで『ヒッチコック劇場』と怖い番組がありましたが、その中の一番怖い話はこの実話によく似ています。精神病院の医者が患者より病んでいたという、ぞっとするクレイジーな話でした。盲目な信仰は怖いとよく耳にしますが、このセンターの女性が目に涙をためて話す横顔は、忘れられません。彼女は、Yの何処を見て信奉しているのでしょうか? ありのままのYが、彼女の目の中に映る時、どんなことが起こるのでしょうか? それとも最後までそのようなことはないのでしょうか? みなさん、いかが思われますか?


一目惚れで「どんなことがあっても愛し抜きます」と結婚する時に誓った方は多いと思います。でもどうして私たちの多くはその愛をつらぬけないのでしょうか? 神さまとの関係は、一目惚れで成り立たないものです。困ったときの神頼みをする関係でさえ、時が経ったら、神さまが人間から捨てられることでしょう。


『神を証明する』ことは、必要なこと?


私がワタシを説得すること。それが一番重要なことではないでしょうか? 自分の中のワタシたちを歩み寄らせ、時としてワタシを超える感動をもたらしてくれる名のない誰かの暖かさや、深さや、懐かしさを、心から味わい浸透させて行くこと。輝かせて行くこと。満たし、広げて行くこと。それが何よりも美しいと思います。キリストチームの仲間たちは、とりあえず、『キリスト』の名を使っていますが、その救世主の真実も、私たちの内面の成長がなされた時、知らされるような気がします。焦らず進みたいと思います。よろしくお願いします。


読んでいただいて、ありがとうございました。
このテーマは深過ぎて思うように終了できませんでしたので、これは宿題にしておきます。また、時を改めて、必要があると感じる時に挑戦したいとおいます。


写真:ワタシ?です。茶道教室を始めることになって、準備中です。着物は祖母、帯は母のお下がりです(見えないですが、はぎのデザイン、大好きです)。
息子のカメラでお知らせのための写真をとってもらいました。
d0176838_9584778.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-24 07:55 | Sagesse 叡智への道

神の証明 4

d0176838_6183618.jpg



そしてついに<チャネリング>というものを体験しました。なんとかいう宇宙存在のメッセージでしたが、名前は忘れました。バシャールではありませんでした。それから恐る恐るその世界に足を踏み入れることになり、2000年の初頭から始まった奇妙な現象のことを彼に相談してみました。彼は「ああ、それは間接的にあなたに向けられた通信ですね。あなたがブッダを見てしまったらエゴが爆発してしまうから、あなたの周りの人を刺激しているようです」と説明してくれました。そして彼のセミナーで出会った女性Cさんがうちに来てくれて、チベット仏教の菩薩たちを呼びメッセージを伝えてくれました。


それから4、5年は、移動するところところに必ずチャネラーさんが現れ、私の質問に答えくれるといった不可思議な状態が続きました。結局、最後はCさんを通じたメッセージで「もうすぐ日本は内乱が起こるため、避難民が沢山でるから、フランスに受け入れの準備をしてください」と言うものでした。しかし、当時の私はそんな大儀なレベルで活動していなかったため、何処まで信じてい良いものか全く見当がつかなく、かといってどうしていいのかも分からず途方にくれました。いろいろ悩んだ末、宇宙情報に詳しそうな数人をネットで探し、相談メールを送りました。その結果このチャネリングメッセージは、葬ることになりました。6年前のことです。


d0176838_6283559.jpg



この年にチベットの菩薩パドマサンババから指示があり、ドルドーニュの宗派の長カルマパ法王に、菩薩と繋がってワークしていることを話すよう通達されました。しかもその直後、ひょっこりパリの空港を通過する若い法王の噂が入り、合流するチャンスが舞い込みました。そしてあれよあれよと思う間に、私はカルマパ法王の前に立つことになってしまいました。


「数年前からパドマサンババと思えるサインがあるのですが、それは本当に菩薩から来るサインだと思いますか?」
と質問しました。法王はじっと私の目を覗き込んで言いました。
「あなたの信仰が本当なら、それは本当の菩薩からのものでしょう」
と答えてくださいました。
<メッセージ>という言葉は使いませんでした。通訳してくれた女性に遠慮して<サイン>にしたので、完全に事実を話すことにはならなかったのですが、法王の返事は的を得ていました。つまり、本人の思いが本当ならば、高次元の存在と直接繋がることは不可能なことではない、と解釈できました。己の心が真であれば外にブッダが映し出されれても驚くにはあたらない。しかし、偽者の野望で満たされた心が、ブッダを見たならば注意しなさい。そのようなアドバイスが背後にあったのですね。当時、自分の心が真の信仰を持っていたか否かに関し、残念ながらまだ答を持ち合わせていません。どれが真の信仰なのか、素晴らしい嘘発見機があったら、是非確かめたいものです。

つづく

d0176838_626970.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-23 06:23 | Sagesse 叡智への道

神の証明 3

d0176838_45307.jpg



神は証明できるか?

私の答えはこうです。
「出来るに違いない。なぜなら出来ないことがまだ証明されていないから」

「地球は丸いか?」「動いているか?」という問いに、過去人類は「そんなことはあり得ない」と考えていましたね。今なくては困る電気なども、昔は想像さえも出来なかったし、ここ数年で使用が拡大したインタネットなども同様です。しかし想像力と科学力のある人達はきっとイメージをふくらまし、そのような未来は「きっと来るに違いない」と思っていた筈です。

という証明にならない証明から「神を証明することはいつか可能になるだろう」と、まずこの章の最初に言っておくことにします。


2000年の初めに奇妙なことが起こってから、その現象はなかなか収まらず、ついに秋には健康サロンで、香水を製造している男性に巡り会うことになります。その人は『カラー香水』という12色の色の波動香水を作っている人でした。私はそこの一角が輝いているので、ひかれるように棚に並んだ香水のビンをとって眺め、つい香りを嗅いでいました。良い香りでした。母も私も市販されている香水には違和感があり、買って使用することはありませんでした。でもこの香水は自然の花の香りで感動しました。


そこでスタッフに聞きました。
「この香水は誰が作ったのですか?」
するとその人は「今呼んできます」と奥に引っ込み、数分後に小太りのムッシューが「この香水は私が作りました」と目の前に現れました。まさかクリエイターが目の前に出て来るとは思ってもいなかったのでびっくりしました。波動製品など当時まったく無知だった私は、展示テーブルの輝くような美しい光に誘われて寄っただけの通行人でした。


香水クリエイターの説明を聞き、最後にコンフェランスのチラシをもらいました。確かカラー香水は<赤>を買ったような気がします。手のひらに吹きかけ、そっと香りを嗅ぐと、南仏の花の香りが体中を駆け巡り、この香水セラピーとかいうものがすっかり気に入ってしまいました。


この仏人男性、実は私が初めて出会った、世に言うチャネラーさん、異次元のメッセージを伝えるメッセンジャーだったんです。

つづく

d0176838_454661.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-23 04:54 | Sagesse 叡智への道

神の証明 2

d0176838_5304576.jpg



「あなたの神は高次元の神ですか?」
「どうのようにそれを知ることができるのですか?」

同じ質問を『神との対話』を書いたニール・ドナルド・ウォルシュ氏も、ある日女優のシャーリー・マクレーンに聞かれた、というエピソードを読んだことがあります。

神を信じる信じないに関わらず、私たち全員が一度は突き当たる課題ではないでしょうか? また宗教でなくても、科学、医学、あらゆる分野に応用できる問いだと思います。目に見える世界でも簡単に扱えるものではないでしょう。今現在の放射能の問題などは、その代表的な一例だと思います。「放射能は危険だ」「いや誰かが言うほどではない」「政府の言うことはどこまで信じて良いか」などなど。また愛情関係では「彼女の愛を信じられない。その理由は××である」こんな話は世にありふれて珍しくありませんが、本人にとっては自殺に及ぶほど深刻な疑問だったりもします。

『信じる』という人間の心の状態を探ってみることは、それまで平たく見えていた空間が一度に深みのある世界に変わります。不可思議な世界を体験したことのある人の話を、ない人が充分理解して上げることには限界があるでしょう。

仏教の修行には「ブッダに遭ったら、ブッダを殺せ」という教えがあります。それはとことん自分が見ている対象を疑いなさい、ということなのですね。なぜ疑う必要があるかと言えば、<わたし>の中に偽物と本物がいるという教えがあるからです。チベット仏教の定義では創造主は存在しないことになっていますが、それは確かめることが出来ないほど遠く過去に戻らなければならず、従って知ることが不可能なものを信じることはナンセンスと、博学の仏教学者たちの議論で決まったようなのです。

しかし、密教では輝かしい神、女神、菩薩、天女など沢山の存在たちが登場します。その神々や菩薩に帰依し、ご加護をお願いするのですが、丁度神道の神さまへの信仰に似ているのですね。私が学んでいたゾクチェンという宗派の教えは、密教を超え(つまり神菩薩への信仰を止めて)自分を含め全ての人や世界が、神聖で穢れのない永遠普遍の愛と喜びの世界であるというステージに上ります。

大乗仏教を学んでいたときは、お説教の時間にダンスしたり歌ったりするなんてとんでもないことだったんですが、こちらの宗派ではみんなで楽しめることは、修行の一部として行っていました。私は張り切って何度も踊りました。舞台とは違って、偉い高層の前で踊ることは普段出て来ない内面が浮上し、確かにこれもエゴを観る大きなチャンスだと思いました。


d0176838_5185559.jpg



当時、我が家で気功を教えている時に、不思議な現象が生徒たちの間に起こり、彼女たちが見るものがどこかチベットの菩薩たちに似ていることに気づき、そこから異次元の追求が始まりました。これは2000年の1月3日から始まったのですが、カフェで一人で座っている時に、気を失いそうになったことから始まったのです。正月の散歩で、チベットの神さまバドマサンババを思いながら、あるカフェに入った時でした。必至でなんとか呼吸をして床に倒れずにすんだ後、慟哭したくなる感情に襲われました。そんなことは初めての体験でした。泣く理由など見当たらないのにも関わらず、とにかく超懐かしい誰かに遭ったような、あるいは遭いたくなった時に感じるどうにも止められない状態でした。

その一週間後から、気功教室に来る生徒に何かが憑依する原因の分からない、奇妙な現象が始まりました。

これって何なの? どうなっているの?
私はインドにいるゾクチェンの師ラマに手紙を書いて、教えを請いました。が、返事はありませんでした。

つづく


d0176838_5245142.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-22 05:25 | Sagesse 叡智への道

神の証明 1

d0176838_5113574.jpg



いつか言われるだろうと思っていました。
「恐怖を煽っていないか?」と先日、コメント欄でご質問しただきましたが、その後には、「NOであるなら、どのようにそれを証明できるか?」と質問される筈です。私ならそう聞きたくなります。そしてそれと同時に「あなた自身どこまで<高次元><神><天使>とやらを信じられているのか?」と。


迷っている時は、よく心のガイドに尋ねます。
「<高次元>である証拠を見せてください」
「本当にイエスである証拠を見せてください」
「マリアである証拠を」「アマテラスである証拠を」「神である証拠を」


何度も尋ねてみました。自分では何も聞こえない(一度とてもいい香りを体験)ので、外の世界にサインとして現し教えてもらうのが常でした。答えの物質化です。現象です。それから聞き取る方法で今まで分からせていただいて来ました。


「気のせい」だと疑う傾向が強い私は、「動かぬ証拠」で示してくださいと、お願いすることが常でした。いろいろなことがありました。スイスの友人の家で金の指輪を紛失したあと、ひょっこり棚のど真ん中に戻っていたことがあって、彼女が驚嘆して電話をして来たことがありました。彼女自身、必至でそこら中、ゴミ箱から床の絨毯までひっくり返して探してくれたばかりだったので、彼女の反応はさもありなんでした。



d0176838_515494.jpg



以前、スピのグループに参加している時に、メッセージの信憑性を何度も尋ねました。「このメッセージは本当に本当ですか?」と。こちらではその詳細を省略しますが、、というのはそれをいくつ並べても、それが第3者への絶対的な証拠になるとは限りません。疑う人は何を言われてもとことん相手の話を信じることはありません。ですのでこの物証と非物証の間にある根本的問題を見てみようと思います。


「疑う」ことが「いい」という哲学と、「信じる者は救われる」従順な傾向を「よし」とする宗教の二つに分かれると思います。これが哲学と宗教の違いかもしれませんね。しかし最近の波動科学から問い直すとどうなるでしょう? 私たちのモチベーション(対象に対する思い)のエネルギー(電子、分子)は、見ている自分の目が透明ではないという状況を発見します。たとえば好きで作る人の料理の味と、嫌いな人の味の違いのような目に見えない差が、普段の場でよく起っているということです。「<観る者>はすでに、外の<対象>に対して透明な嘘発見機ではない」のですね。だから「人に依って見方が違う」のは当然なことになります。


では、本当に<神>はいるのか? 私たちの想念の世界の外に<神>や<天使>はいるのか? という聞き慣れた問いをしてみましょう。上の波動説(あるいは量子論)でいくと答えは「いると思う人にはいる、いないと思う人にはいない」という風になる傾向が多くあります。以前フランスのテレビの文化番組で、神の存在を信じないお坊さん(仏人で有名なダライラマの通訳)と、東洋出身で神の存在を信じている科学者の対談を見たことがありました。不幸に当時はフランス語があまりよく聞き取れなかったので、対談の内容は言えませんが、宗教人の神否定と科学者による神肯定の対立が、とても面白いと思ったものでした。そしてその後何故かチベット仏教に入って創造主の存在を信じないお説教に、足を運んだものでした。



d0176838_5182120.jpg



神を少し脇において、神を<世界>に代えて考えてみましょう。
あなたの外に<世界>がありますか? あなたが思っている世界は、あなただけがそう思っているだけではありませんか?
ここで<想念>の世界と<実相>の世界の境目がテーマになります。
先ほどの消えた金の指輪のことで考えてみますと、今も私の指にあるこの指輪はあの時「なぜ消えたのでしょう?」という疑問がわきます。そして私の未確認レベルではありますが、この現象が私に見せてくれたものは「異次元がある」という答えにたどり着きました。確定ではないので、<可能性>としてメモしました。<異次元>の可能性は、2000年から10年あまりの間、何度突きつけられたでしょう。そして今、「異次元は見えないから無いもの」として考えることは出来なくなってしまいました。


長くなったので「その<神>は、本当に高次元の神ですか?」という問を次回にしてみたいと思います。
読んでいただいて、ありがとうございました。
次回をお楽しみに。


d0176838_519564.jpg

[PR]

by lamteramoto | 2011-09-21 05:20 | Sagesse 叡智への道

Pleine Lune sur le pont セーヌから中秋の名月

d0176838_6475280.jpg


セーヌの橋の上から十五夜を眺めました。
予期せぬ満月の出にどきどきしました。

Sur le pont de Seine, j'ai regardé la Pleine Lune magnifique.
C'était inattendue.

d0176838_6514172.jpg


d0176838_655187.jpg


今年の十五夜は、特別な時を迎えているようです。
崩壊と創生が同時に起こる、現実が二つに分かれる分岐点のような
そんなポイントに差しかかったと言っても良いかもしれません。

Cette année à la Pleine Lune de l'automne,
on est arrivé au moment particulier.
Car la destruction et renaissance se manifestent au même temps,
comme le point qui se sépare en deux réalités.



d0176838_6555911.jpg


新しい地球つくりを長い間夢見て来た私。
古い衣を脱ぐように、
新しい現実へと駒を一つ進める事に意識を集めています。
それでこの意味ある年の満月を祝うために
精進料理でマンダラを作りました。

Je suis celle qui ai rêvé longtemps sur la constriction la nouvelle Terre.
Comme déshabiller des vieux vêtements,
Je concentre mon intention à laquelle je puisse faire avancer mon pas vers la nouvelle réalité.
Alors pour célébrer cette Lune significative, j'ai fabriqué un mandala avec ma cuisine végétarien.


d0176838_7234782.jpg

どうか、一日も早く、地球が癒され、
私たちの魂の目覚めとともに
美しいハーモニーを奏でる時代となりますように。

Que la Terre soit soignée plus rapidement possible,
Et avec notre éveil de l'âme,
Que le temps puisse venir pour faire ensemble une belle harmonie.
[PR]

by lamteramoto | 2011-09-13 07:31 | パリの日常