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カテゴリ:Art du Thé 日本の心

  • 「敵兵を救助せよ」 海の武士道 
    [ 2012-08-17 06:36 ]
  • 「JAPAN IN COLOUR」外国人カメラマンが見た戦前の日本
    [ 2012-08-15 05:14 ]
  • 浮世絵の動画
    [ 2012-08-11 17:39 ]
  • 「江戸しぐさ講演会 9.30」のご案内
    [ 2012-08-11 17:23 ]
  • 日本の真善美:江戸に学ぶ
    [ 2012-08-11 17:07 ]
  • Savez-vous pourquoi les japonais aiment les fleurs de cerisiers?
    [ 2012-04-16 02:04 ]
  • 来日外国人達が見たユートピア江戸日本
    [ 2012-01-27 03:55 ]
  • Ouverture de l'Atelier du Thé 15 octobre
    [ 2011-10-05 06:27 ]
  • Pourquoi les japonais aiment l'art du thé ?
    [ 2011-10-02 05:36 ]
  • Cérémonie du THE japonais 久々にお茶のけいこ
    [ 2011-07-30 03:31 ]

「敵兵を救助せよ」 海の武士道 

敵兵を救助せよ
海の武士道 


こんな美しい話があったんですね〜。
今頃になって公開されるとは。。。

人間は本当の歴史を知らずに、自分自身に目覚めることができるだろうか?


(前編)
Ajoutée par samuraiDD107 le  9 févr. 2012




(後編)

Japon : des papillons mutants découver
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by lamteramoto | 2012-08-17 06:36 | Art du Thé 日本の心

「JAPAN IN COLOUR」外国人カメラマンが見た戦前の日本

なかなか素晴らしいBBCの戦前の日本をテーマにした番組を見つけました。
ナレーションは英語ですが、映像だけでも見る価値があります。

すでに、江戸浮世絵の時代ではありませんが、
それでも、文化的にも自然や物の美しさが溢れています。

徐々に文明開化と呼ばれた、欧米の生活様式とビジネスが流れ込んで来るのを
みなさんはどんな風に感じられるでしょうか?


「JAPAN IN COLOUR」外国人カメラマンが見た戦前の日本
http://www.youtube.com/watch?v=m_ORjfpJR6E&feature=relmfu
Ajoutée par suyasuyachan le 11 août 2010
【1/4】



【2/4】



【3/4】



【4/4】


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by lamteramoto | 2012-08-15 05:14 | Art du Thé 日本の心

浮世絵の動画

今、大、大、大掃除をしています。

水漏れの壁の汚れがやっと修復され、広いメザニンの天井が真っ白くなって気分爽快です。

昨年から、江戸文化と浮世絵のことを学んできました。
本物の浮世絵もパリの五井野博士のギャラリーで購入しました。
Bontakaさんのブログ:ギャラリー「ピーエールタンギー」
http://blogs.yahoo.co.jp/bontaka1/18609499.html

浮世絵を見てつくづく思うのは、江戸は幸せな時代だったのだ〜と言うことです。
子供たちや、働く人達、町人や女たちの日常の絵がテーマになるなんて、
あの時代、西洋では考えられなかったことなのです。

それだけ、市民の生きる喜びに焦点が当てられていたということなのですね。
素晴らしいです!!!!

絵柄や、デザインも、世界に類を見ない優れた感覚だと思うのですが、
みなさんはいかがでしょうか?

ネットで探しておいた、浮世絵動画の数々です。
お時間のあるときに、ご覧下さい。


Kitagawa Utamaro 喜多川 歌麿 Japanese Prints

http://www.youtube.com/watch?v=iYGyIpszoc4&feature=related


Katsushika Hokusai

http://www.youtube.com/watch?v=8tj-37nvWMw&feature=related


Japanese painter - Utagawa Hiroshige 日本浮世繪畫家歌川廣重(安籐廣重)畫選



Japanese Art "UKIYO-E" Movie



hiroshige - ukiyo-e master



Ukiyo-E slideshow

http://www.youtube.com/watch?v=lq5belqy4e0&feature=fvwrel

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by lamteramoto | 2012-08-11 17:39 | Art du Thé 日本の心

「江戸しぐさ講演会 9.30」のご案内

江戸文化を研究普及する東藝術倶楽部からお知らせを頂きました。

ある国民が、オリンピックでの参加態度に問題あり、としてバッシングを受けていますね。
みなさまはいかがお感じでしょうか?

私は日本の素敵な諺『負けるが勝ち』が好きです。


では、越川禮子(こしかわれいこ)さんという方の講演会をお知らせ致します。
まだ、一ヶ月ありますが、ご興味ある方はしっかりメモしておいて下さい。
私は参加できないので、残念です。
日本にいらっしゃるみなさまの日本再発見、応援しています〜!


^^^^^^^^^^^^

 突然ですが、朗報です。先日来ご紹介申し上げていた「江戸しぐさ語りべの会」

を主宰される越川禮子(こしかわれいこ)さんが、東藝術倶楽部会員のための講演

を引き受けて下さることになりました。



 というわけで、当倶楽部主催、にんげんクラブ東京支部協賛という格好で以下の

通り「江戸しぐさ講演会」を開催する運びとなりましたので、ぜひご参加下さい。



      ==「江戸しぐさ講演会」のご案内==



1 日時:9月30日(日)開場13時、講演13時30分~17時



2 会場:新宿歴史博物館2階講堂(場所 http://www.regasu-shinjuku.or.jp/?p=91)

     (100名収容可) 



3 講師:越川禮子先生(NPO法人「江戸しぐさ」理事長)

    (池田顧問の講話及びキリロラ顧問の歌舞も予定しております)



4 主催:東藝術倶楽部



5 協賛:にんげんクラブ東京支部



6 参加費:会員3,000円(協賛の会員含む)、一般3,500円



7 懇親会:17時30分~19時30分予定

      30名限定(先着順)、会費5,000円(アルコールあり)、4,000円(同なし)



8 申込先:森山(morifumi71@azuma-geijutsu.com)までメールにてお申込み下さい。

      なお、懇親会参加希望者はその旨を(アルコールの要不要とともに)記し

      て下さい。

     

 以上、よろしくお願い致します。



東藝術倶楽部・広報担当 森山

東藝術倶楽部オフィシャルサイト:http://www.azuma-geijutsu.com

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by lamteramoto | 2012-08-11 17:23 | Art du Thé 日本の心

日本の真善美:江戸に学ぶ

先日、古代の歴史と宇宙人の介入のドキュメンタリーDVDをご紹介しました。

その中で、驚いたはD ウィルコックさん発言です。

『日本文化の全ては天から来たもの』
http://www.youtube.com/watch?v=AHzLAYGc11Q&feature=player_embedded

でも、納得するところが多々あり、やっぱり茶道を続けていて良かったと思ったのです。
最近取り組んでいる発酵食品においても、善玉菌、酵素、麹菌など、その活動はあまりにも素晴らしいので、天からのプレゼントに違いないと思っていたんです。

ついこの間、友人の頼みで米麹を作りました。
ところが、あまりにも忙しいので、出来た麹の一部をそのまま布にくるんで放置しておいたことろ、2日たって中を開けてみたら、緑色のカビが生えていて、腐ったのかと思ったのですが、始末するのを後回しにしていたら、種麹の色と似ているから、「ひょっとしたら種麹が出来たのかもしれない」という思いが出て来て、それを使って新たに麹を仕込んでみました。

すると、何時もの様に香しい香りがして来て、どうやら、緑色のカビとは、米麹の元祖、種麹らしいのです。そこで、友人に相談して、ある有名な研究所に分析をお願いすることになりました。

そんなことが私のキッチン実験室で進行しています。


今日は、そんな背景があって、和の文化、江戸文化の学びを深めようと、
友人の勧めもあって、このサイトをご紹介します。

江戸時代の生活
http://www.eco-g.co.jp/life.html

 江戸には当時世界一がいくつも有りました。人口は西暦 1800年120万人が暮らす世界一の大都市でした。当時第2位のロンドンが90万人、3位のパリが60万人、ニューヨークにいたってはまだ6万人でし た。(日本全体では1600年1227万人、1720年3128万人でそれ以降1873年3330万人までほとんど増減なしだった。)
 水道設備も世界一でした。時代劇でよく見る長屋の井戸は地下の木管の中を流れる水を、木管に開いた穴からくみあげる井戸だったのです。神田川、井の頭池、玉川などを水源に高低差を利用して木管の中を川のように流しました。
 使われず川に落ちる水は船で受け取って、水の便の悪い地域に運んで再利用した。
 当時の江戸の60%の人がこれで生活していました。1年中1日中使えるこの水道設備は当時世界に無いものでした。唯一ロンドンにも水道設備はあったものの、週3日、1日7時間給水でした。

 世界一清潔な大都市でした。ロンドン、パリでは「おまる」にとった排泄物を道路に投げ捨てていました。それを下水にはき寄せて川に流していたようで、道 路は至る所汚物だらけ、テームズ川もセーヌ川も異臭を放つ猛烈などぶ川でした。(明治の初め頃まで隅田川の屋形船では船から川の水を汲んでお湯を沸かした と言う記述がある。)

 江戸では、排泄物は便所から汲み取られ堆肥の材料として、高額で取り引きされるほど大切にされていました。 したがって、道路を汚すことは少なかった様です。
 下水に流したものは洗濯の水と、米のとぎ汁であるが、ほとんどが川に流れ込む前に大地にしみ込んでしまったとある。洗濯はと言うと、石鹸は高価で使われ ず、灰やムクロジなど環境に良いものが使われていました。しかも洗濯や炊事に使った水は、拭き掃除に使い、最後は畑や植木にやったり、打ち水するなど徹底 的に使いまわす事が多かったので、量も現代よりはるかに少なかったと思われる。
 
 ロンドンやパリを知る外人は江戸の街の清潔さ、よく入浴し、粗末だがよく洗濯された着物を着る江戸の人たちの清潔さに驚嘆したそうです。

 寺子屋による初等教育の就学率の高さは、当時群を抜いて世界一だった。

 1850年頃の江戸の就学率は農村部まで入れても70~85%と推定されている。それに比べ1837年ころイギリスの大工業都市で、20~25%。革命 後のフランスでは1793年に初等教育を義務化したが、10~16才の就学率は1.4%だった。ロシアでは1920年でも
20%だった。
 しかも、幕府には文部省の様な部署は無く、お上の計画にのっとって作られたと言うよりは、庶民の間で自然に出来ていったシステムと思われる。

 現代のような画一的な教育ではなく、独りずつのレベルに合わせた理想的な個人指導だったようだ

  さらに驚くべきことに、100万を超えるこの大都市に、現在の警察官にあたる与力、同心は24人しかいなかった。

 現代社会が随所でシステム障害を起こしている今、こんな素晴らしいシステムが二百数十年間も続いた、江戸を3つのテーマから調べてみました。

1、江戸はソーラー都市
2、江戸はリサイクル都市
3、江戸はボランティア都市



江戸の完璧なゴミリサイクルシステム 1/2
Ajoutée par tfjioo le 30 oct. 2010





来日外国人達が見たユートピア江戸日本
http://lamsoleil.exblog.jp/15334522/
(何度も紹介しますが、何度でも読んで欲しい素晴らしい情報です)




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by lamteramoto | 2012-08-11 17:07 | Art du Thé 日本の心

Savez-vous pourquoi les japonais aiment les fleurs de cerisiers?

Savez-vous pourquoi les japonais aiment les fleurs de cerisiers?


Sakura:Spring in KYOTO






京都 円山公園 しだれ桜



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by lamteramoto | 2012-04-16 02:04 | Art du Thé 日本の心

来日外国人達が見たユートピア江戸日本

来日外国人達が見たユートピア江戸日本


日本人として生まれ、日本人として生きること。

『日本の心』という優しさのこもった言葉を、拒否した人はどのくらいいるのでしょうか?

思春期の苦しみから脱出できなかった私は、結局、異文化(民族舞踊)の中に生きる情熱を見つけて、どうにか生き延びて来ました。

それでも、憧れのその地に降り立ったら、自分の思った場所ではなかった。
自分は何を求めていたのか?

そして、今、学校の教科書では学ばなかった江戸文化が、ちらほら、あちらこちらに見え隠れしていますね。私はきっとそんな失われた楽園、和の国、江戸の情緒を探していたのかもしれません。


サイト/東芸術倶楽部より
http://www.azuma-geijutsu.com/utopia.html


●自然融合社会
・「地上で天国(パラダイス)あるいは極楽(ロータスランド)に最も近づいている国だ」  -アーノルド-

・「この地上の天国またその美しい自然」 「十分に満足の行くまで描きだすことは、到底私の力の及ぶところではない」 -フィッセル-

・「確かに日本の美しさは、数え上げれば堂々たる大冊の目録となるだろう」  -チェンバレン-

・「郊外の美しさはたとえようがない。どこに足を向けようと豊饒ですばらしい景観だった」「四周の情勢が変わりさえすれば、こんな美しい国で一生終わりたいと何遍思ったことか。・・・これらの地に住む人々こそ、地球上最大の幸福者であるとさえ思われた」  -ベルク-

・「数多くの公園と庭園がこの江戸を埋め尽くしているので、遠くから見ると、無限に広がる一つの公園の感を与える」  -リンダウ-

・「ヨーロッパには、これほど多くのまったく独特のすばらしい容貌を見せる首都はない。また、概して首都やその周辺の地方に、これに匹敵するほどの美しさ--しかもそれはあらゆる方向に、数リーグに及んでいる--を誇りうる首都はない」  -オーリコック-

・「世界中でこれ以上絢爛たる開花と、笑みこぼれるような、そして優雅に満ちた春の植物を求めることはできまい」  -アンベール-

・「わたしは、日本人以上に自然の美について敏感な国民を知らない」  -ボーヴァワル-

・「われわれが通り抜けたのは見事な公園だったのか、それとも日本の首府の周辺地域は、どこに行ってもここと同じように美しいのだろう か。・・・何と変化に富み、豊かな植物群であろう!・・・眼前に突然、魂に焼きついて一生消えずに残るにちがいない景観が広がった。・・・見たまえ、これ が江戸だ」   -ヴィシェスラフツォフ-

・「この道路に面した百姓家は絵のように美しく、とても実利一点張りの用途を持つものとは思えない。現実の住みかというよりは、むしろ今まさに巻いて片づけようとする舞台用の絵のようなのだ」  -シッドモア-

・「日本人は何と自然を熱愛しているのだろう。何と自然の美を利用することをよく知っているのだろう。安楽で静かで幸福な生活、大それた欲望を持た ず、競争もせず、穏やかな感覚と慎しやかな物質的満足感に満ちた生活を何と上手に組み立てることを知っているのだろう」  -ギメ-

・「日本人は狂信的な自然崇拝者である。ごく普通の労働者でさえ、お茶を満喫しながら同時に美しい景色を堪能する」  -スエンソン-

・「われわれの最初の日本の印象を伝えようとするには、読者の心に極彩色の絵を示さなければ無理だと思われる」  -オリファント-

・「日本の農民にあっては、美的感覚は生まれつきのものなのだ。たぶん日本の農民には美的感覚を育む余裕がヨーロッパの農民よりもあるのだろう。というのも日本の農民はヨーロッパの農民ほど仕事に打ちひしがれてはいないからだ」  -ヒューブナー-

・「この国の人々が、美しい景色をいかにたのしむかを見ることは興味がある。誇張することなしに、我国の百倍もの人々が、美しい雲の効果や、蓮の花や、公園や庭園をたのしむのが見られる」  -モース-

・「日本人の性格の注目すべき特徴は、最も下層の階級にいたるまで、万人が生まれつき花を愛し、2、3の気に入った植物を育てるのに、気晴らしと純粋なよろこびの源泉を見出していることだ」 -フォーチュン-

・「誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる』というのがありましたね。この国の人たち がまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で、見た目によいものを求めながら自分を深めてゆくのです」  -バラ-

・「長崎の住民には、住民同様に扱われている犬の数も加えるべきかも知れない。・・・往来の至るところに犬が寝そべっていて、馬が通ろうが人が通ろうが退こうともしない」  -ケンペル-

・「私は(人力)車夫がいかに注意深く道路にいる猫や犬や鶏を避けるかに気がついた。今までのところ、動物に対して癇癪を起したり、虐待したりするのを見たことがない」  -モース-

・「私の別当頭は、犬が死んだことを聞くとすぐにかけつけて、かご製の経かたびらに犬を包み、とむらいをした。・・・あるゆる階級の一団の助手たちが、あたかも彼ら自身の同族の者が死んだかのように、悲しそうな顔付きでまわりに集まってきた」  -オールコック-

・「馬に荷物をのせすぎたり、虐待するのを見たことがない。・・・荒々しい声でおどされることもない。馬が死ぬとりっぱに葬られ、その墓の上に墓石が置かれる」  -バード-

・「断固として商売を拒否した。彼等が言うには、牛が自然死するまで待つのであれば売ってもよいが、賭殺するなら売らないというのであった」  -ブラントン-

・「どの村にも鶏はたくさんいるが、食用のためにいくらお金を出しても売ろうとはしない。だが、卵を産ませるために飼うというのであれば、喜んで手放す」  -バード-

・「鳥という鳥がみなよく人になれている」  -リュードルフ-

・「日本群島のもっとも特色ある風景の一つは、莫大な数の鳥類で、鳴声や羽搏きで騒ぎ立てている」  -アンベール

・「肥沃な土壌と良い季節と勤勉な国民」「平野は肥沃で耕され、山には素晴らしい手入れの行き届いた森林があり、杉が驚くほどの高さまで伸びている。住民は健康で、裕福で、働き者で元気がよく、そして温和である」  -オールコック-

・「誰の顔にも陽気な性格である幸福感、満足感、そして機嫌のよさがありありと現れていて、その場所の雰囲気にぴったりと融け合う。彼等は何か 目新しく素敵な眺めに出会うか、森や野原で物珍しいものを見つけてじっと関心して眺めている時以外は、絶えず喋り続け、笑いこけている」  -パーマー-

・「ここには詩がある。ここでは抒情詩も牧歌的ロマンスも、人が望むありとあらゆるものが混然一体となって調和していた。平和、底抜けの歓喜、さわやかな安らぎの光景が展開されていた」  -ヴェルナー-

・「その景色は妖精のように優美で、その美術は絶妙であり、その神のようにやさしい性質はさらに美しく、その魅力的な態度、その礼儀正しさは、 謙虚であるが卑屈に堕することなく、精巧であるが飾ることもない。これこそ日本を、人生を生甲斐あらしめるほとんどすべてのことにおいて、あらゆる他国よ り一段と高い地位に置くものである」  -アーノルド-


●自由・平等社会

・「日本の下層階級は、私の看るところをもってすれば、むしろ世界の何れの国のものよりも大きな個人的自由を享有している。そうして彼等の権利 は驚くばかり尊重せられていると思う」「町人は個人的自由を享有している。しかもその自由たるや、ヨーロッパの国々でも余りその比を見ないほどの自由であ る」「法規と習慣さえ尊重すれば、決して危険はない」 「日本政府は民衆に対して、あまり権力を持っていない」  -カッテンデューケ-

・「自分たちの義務を遂行する日本人たちは、完全に自由であり独立的である。奴隷制度という言葉はまだ知られておらず、封建的奉仕という関係さ えも報酬なしには行われない。勤勉な職人は高い尊敬を受けており、下層階級のものもほぼ満足している」「日本には、食べ物にこと欠くほどの貧乏人は存在し ない。また上級者と下級者との間の関係は丁寧で温和であり、それを見れば、一般に満足と信頼が行きわたっていることを知ることができよう」「将軍や大名、 それに上級武士階層は何ら羨むべき存在ではない」 -フィッセル-
・「確かに公職についていない者はかなり自由な生活を楽しんでいますが、支配層に属する日本人はひどい拘束に耐えて暮らしています。ヨーロッパでは国の主 権者は国家最高位にある公僕とみなされていますが、日本では掟の奴隷のかしらとさえ呼ばれているのです」  -ドンケル・クルティウス-

・「形式的外見的には一般民衆の自由があって民主的な制度をより多くもっている多くの国々以上に、日本の町や田舎の労働者は多くの自由をもち、 個人的に不法な仕打ちをうけることがなく、この国の主権をにぎる人々によってことごとに干渉する立法を押しつけられることもすくないのかも知れない」- オールコック-

・「江戸には現に二つの社会が存在していて、一つは武装した特権階級で、広い城塞の中に閉じ込められており、もう一つは、武器は取り上げられ前者に屈服させられてるが、自由から得られる利益をすべて受けているらしい」  -アンベール-

・「ヨーロッパにもこれほど自由な村組織の例はないほどだ」  -ヒューブナー-

・「身分の高い者が自分より下級の者と応対するときに役人風を吹かすことも、はるかにすくない」「つねにいんぎんで穏やかに話しかける」「まったく正比例して、他人を腹立たせたり、他人の気にさわることを避けるために、ひじょうに気を使う」   -オールコック-

・「ヨーロッパ人であるわたしがもっとも驚いたのは、日本の生活のもつきわめて民主的な体制であった。モンゴル的な東洋のこの僻遠の一隅にそんなものがあろうなどとは予想もしていなかった」「大部分のヨーロッパ農民よりも幅広い独立性を享受している」   -メーチニコフ-

・「私は日本が子供の天国であることをくりかえさざるを得ない。世界中で日本ほど、子供が親切に取り扱われ、そして子供のために深い注意が払われる国はない。ニコニコしている所から判断すると、子供達は朝から晩まで幸福であるらしい」  -モース-

・「横浜から東北、北海道の陸路を四カ月かけて旅したが、一度も危険を感じた事は無かった。武士道の倫理で成り立っている素晴らしい国。『籠か き』は、はじめ裸同然で醜いと思ったが、彼等が醜くないことを知る。極めて彼等はジェントルマンである。私は神にこれ程高潔・誠実で明るい男達の事を忘れ ないでくれと祈った」  -イザベラ・バード-

・「江戸庶民の特徴:社交好きな本能、上機嫌な素質、当意即妙の才」
「日本人の働く階級の人達の著しい特徴:陽気なこと、気質がさっぱりとして物に拘泥しないこと、子供のようにいかにも天真爛漫であること」  -アンベール-


●相互扶助社会



・「社会の連帯ということがいかに大切かということを忘れるおそれのある人は、日本にきて住めばよい」     -オールコック-

・火事の際に「一般には、罹患者にたいして皆がたいへん親切にしますし、その地域全体が、家を奪われた人々を保護するために自分たちの家を解放します」 「大工は地面が冷たくならないうちにもう仕事を始める」  -フレンザー-

・「焦土と化したばかりの場所に日本家屋が建て直されるスピードは驚嘆に値し、比類がない。大火のあと12時間のうちに、小さな店で仕事を始める」  -シッドモア-

・「日本人が、燃え尽した古い家々のあとに新しい家々を急造するやりかたは驚異だ。余燼がまだ燻っているのに、灰からよみがえったフェニックス のように新しい家が建てられているのが見受けられる。火事が収まって2、3時間も経つとひとつの通りがまるごと再建されるのだ」  -ジェフソン=エル マースト-

・火事に際し「日本人はいつに変らぬ陽気さを保っていた。不幸に襲われたことをいつまでも嘆いて時間を無駄にしたりしなかった。持物すべてを 失ったにもかかわらずである。・・・日本人の性格中、異彩を放つのが、不幸や廃墟を前にして発揮される勇気と沈着である」  -スエンソン-

・火事に際し「この人たちが快活なのを見ると救われる思いだった。笑ったり、しゃべったり、冗談を言ったり、タバコを吸ったり、食べたり飲んだ り、お互いに助け合ったりして、大きな一つの家族のようだ。家や家庭から追い出されながら、それを茶化そうと努め、助け合っているのだ。涙に暮れている者 は一人も見なかった」「驚嘆したことには、あちらこちらに新しい建築の枠組みが立てられていた。その進行の早さは驚くべきものだった」  -クララ・ホ イットニー-

・「日本人の暮らしでは、貧困が暗く悲惨な形であらわになることはあまりない。人々は親切で、進んで人を助けるから、飢えに苦しむのは、どんな階層にも属さず、名も知れず、世間の同情にも値しないような人間だけである」  -アルミニヨン-

・「生きていることをあらゆる者にとってできるかぎり快いものたらしめようとする社会的合意、社会全体にゆきわたる暗黙の合意は、心に悲嘆を抱 いているのをけっして見せまいとする習慣、とりわけ自分の悲しみによって人を悲しませることをすまいとする習慣をも合意している」 -アーノルド-

・「挙動の礼儀正しさ、他人の感情についての思いやり」 -モース-

・「誰彼となく互いに挨拶を交わし、深々と身をかがめながら口もとにほほえみを絶やさない」「その住民すべての丁重さと愛想のよさにどんなに驚かされたか。・・・地球上最も礼儀正しい民族であることは確かだ」  -ボーヴァワル-

・「彼らの無邪気、素直な親切、むきだしだが不快でない好奇心、自分で楽しんだり、人を楽しませようとする愉快な意志は、われわれを気持ちよく した。一方婦人の美しい作法や陽気さには魅力があった。さらに、通りがかりに休もうとする外国人はほとんど例外なく歓待され、『おはよう』という気持ちの よい挨拶を受けた。この挨拶は道で会う人、野良で働く人、あるいは村民から絶えず受けるものだった」  -ブラック-

・「世界のいかなる地方においても労働者の社会で下田におけるよりもよい生活を送っているところはあるまい」「私はこれまで、容貌に窮乏をあら わしている人間を一人も見ていない。子供たちの顔はみな満月のように丸々と肥えているし、男女ともすこぶる肉付きがよい。彼らが十分に食べていないと想像 することはいささかもできない」  -ハリス-

・「警察から聞いたところでは、港には22000人のよそ者が来ているとのことだ。しかし、祭日を楽しんでいる32000人に対して、25人の 警官の一隊で十分なのだそうだ。私は午後3時に立ち去るまで、酒に酔っているものは一人も見なかったし、乱暴な振る舞いや無礼な振る舞いを一例も見なかっ た。群衆に乱暴に押されることもまったくなかった。というのは、人びとがひどく込み合っているところでさえ、人びとは自分から輪を作って、私に息のつける 空間を残してくれたのである」  -リンダウ 文久元年 長崎の守護神の祭-

・「良い立ち居振る舞いを愛するものにとって、この「日出る国」ほど、やすらぎに満ち、命をよみがえらせてくれ、古風な優雅があふれ、和やかで美しい礼儀が守られている国は、どこにもほかにはありはしない・・・」  -アーノルド-

・「日本人は私がこれまで会った中で、もっとも好感のもてる国民で、日本は貧しさや物乞いのまったくない唯一の国です。私はどんな地位であろうともシナに行くのはごめんですが、日本なら喜んで出かけます」  -オリファント-




祈願【日本再生】
-世界の偉人・著名人が日本人を絶賛- 



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by lamteramoto | 2012-01-27 03:55 | Art du Thé 日本の心

Ouverture de l'Atelier du Thé 15 octobre




ATELIER DE LA CÉRÉMONIE DU THÉ

L'ouverture de cet atelier aura lieu le 15 octobre 2011

http://mamanterregaia.blogspot.com/

Calendrier
Il se tiendra six fois par mois : deux jeudis, deux samedis, deux
dimanches

OCTOBRE : 15, 20, 23, 26

NOVEMBRE : 3, 6, 12, 17, 20, 26

Horaire et Réservation
De 16 à 20 h.
Mais vous pouvez aussi venir entre temps
(Contacter Michiko au 01.83.92.83.40)

Lieu
60, rue de Domrémy 75013 Paris



Qu'est-ce que le SADô ? : l'Art du Thé Japonais

Notre atelier de Cérémonie du Thé ne consiste pas à reprendre les
formes traditionnelles puisque les participants n'en connaîtraient pas
ou quasiment pas les codes.

Néanmoins, nous préparerons un décor japonais avec le matériel
traditionnel pour favoriser une relation à soi, pleine de délicatesse,
dans la joie et la beauté fondamentale.

Quatre qualités de l'esprit sont importantes pour pratiquer le Voie du Thé
Japonais :

* Harmonie 和
* Respect 敬
* Pureté 清
* Coeur Inébranlable 寂

Ces quatre mots chinois sont très connus pour être le thème central du Thé

Harmonie
Respect
Pureté
Cœur inébranlable

PRÉPARATION

Nettoyer la salle et méditer, calmer l'esprit.

Purifier la tasse et tous les ustensiles de la Cérémonie du Thé.

Choisir un thème : une saison, la nature, un but, l'amour, etc.

Méditer sur le thème choisi et écrire une poésie ou faire une calligraphie.

Poser un bouquet de fleurs simples et naturelles.

Méditer et unir en pensant aux invités.

Dans la Cérémonie du Thé Japonais, nous mangeons des pâtisseries
japonaises qui sont souvent des gâteaux de riz à l'Azuki. Mais peu importe
le gâteau, sa forme ou sa couleur. Notre création doit être un fruit du cœur à offrir.

Nous pratiquons avec des matériaux de tous les jours, la nature : thé, eau, feu, terre/tasse, fleur, bambou.

Pendant la Cérémonie, tous les moments sont importants et divins tant pour la préparation que pour le rangement.

Mettre la conscience dans les mouvements et tous les matériaux en pensant
aux invités, en créant le bouquet, la poésie ou la calligraphie. Etre concentré
mais détendu, harmonieux en respectant les autres et les objets. Etre simple et calme en offrant un thé d'Amour non seulement à l'autre mais aussi à l'Univers et à notre âme divine.

C'est le moment de l'épanouissement des cinq sens : la vue, l'ouïe, le goût, le toucher, l'odorat, dans un moment de calme où tout résonne.

L'ouverture du cœur pour offrir, recevoir, partager et s'unir.

Tout cela nous amène à dépasser nos limites mentales, à développer la
sensation de fusionner et à découvrir la Joie Cosmique qui efface toutes les
négativités personnelles qui séparent de l'UN ou Source. On s'élève tous ensemble avec du thé !

Gratitude
Michiko k


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by lamteramoto | 2011-10-05 06:27 | Art du Thé 日本の心

Pourquoi les japonais aiment l'art du thé ?




Pourquoi les japonais aiment l'art du thé ?


Dans le "livre du thé"(1906), l'auteur:Okakura, dit que c'est l'esprit Taoïste qui a développé la voie du thé. Un autre maître dit "qu'est-ce qui se manifeste dans le déroulement de la cérémonie du thé ? C'est l'esprit du Shintô".


En tout cas, les japonais adorent les fêtes et célébrations de toutes sortes. Immergés dans la vie matérielle, ils restent néanmoins très attachés au monde immatériel. Ils s'attachent aux cérémonies pour pouvoir se fondre dans la sensation d'unité avec la Nature et avec leurs semblables.


Sur un site informatique sur la culture japonaise on peut lire: "Il est difficile de faire comprendre son but et son essence par des mots. ...cette compréhension s'est développée sous influence du bouddhisme Zen qui suggère de se purifier l'âme pour s'unir avec la Nature".





Okakura dit aussi "la voie du thé est devenue une religion de l'ART. Cet art n'est qu'un prétexte à la purification, la grâce et la contemplation du moment, quand hôte et invité deviennent UN à travers la fusion: non-séparation".


Je considère que l'Art du thé japonais comme une voie pour découvrir (ou se souvenir) notre qualité profonde: la noblesse de l'ETRE dans l'harmonie. Un grand univers dans un petit monde, la beauté dans les gestes quotidiens, une luminosité dans l'espace simple mais propre, une liberté intérieure à travers une forme extérieure, etc.


Il semble que le processus, pour goûter cette sensation de grandeur de la terre et du ciel, est comparable au petit chemin étroit d'une montagne pour arriver au sommet. Dans cet art du thé, le rôle du corps est celui du petit chemin. La participation du corps est indispensable. Il doit jouer son rôle pour nous permettre de découvrir ce Grand Ciel dans l'ensemble de l'ETRE.





Une fois vécue cette expérience, on tombe alors de moins en moins dans les pièges du monde matériel. La vérité se cache-t-elle en dessous des formes ordinaires ? Notre vision est-elle voilée tout simplement ? Nous les japonais sommes convaincus qu'une autre dimension plus paisible, naturel et communicative sans parole peut réaliser. Au fond de nous, chacun a le pouvoir de se nettoyer et de se purifier des émotions négatives, alors la porte pour entrer à l'autre côté: vers la joie, la beauté et l'unité, vous attend. Pour y entrer, la clef est l'ouverture du coeur qui est résonnance avec coeur de l'autre.


"Celui dont le coeur veut entrer dans la Voie
est son propre maître"

Parole de Sen no Rikyu :
Maître du thé de 16ème siècles.



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by lamteramoto | 2011-10-02 05:36 | Art du Thé 日本の心

Cérémonie du THE japonais 久々にお茶のけいこ




久々に、お茶のお稽古をしました。
J'ai pratiqué l'art du thé japonais, ça fait longtemps que je n'avais pas fait.


掛け軸は、『般若心経』でございます。

La calligraphie est le "Soutra du Coeur"


お花は、ベランダのベゴニアとタラマでございます。
鮮やかな朱色の花びらを、目を閉じてそっと触ってみるのが好きなんです。
タマラのお花はとても不思議な形をしています。
ピンクの三角形の幾何学模様だって、気づいたのはもう10年も経ったあとでした。
タマラちゃん、ごめんなさい!

Les fleurs sont de Bégonia et le Tamara.
J'aime toucher en fermant les yeux ses pétales toutes rouges.
Les pétales de Tamara sont si mystérieuses triangulaires.
Je me le rendais conte après 10ans passés.
Pardon !


お菓子は、チュニジアのナツメとアーモンド、バナナの水ようかんでございます。
お砂糖は全く入っていません。
お味はもう一つでした。

Les gâteaux sont les MIZU-YÔKAN avec des dattes, amendes et bananes.
Sans sucre.


お客様は、シズカでございました。
まあ、静かにしている猫でございますので、
お稽古もたいへんやりやすかったのでございます。
(もちろん、方便(うそ)です)

L'invité est SHIZUKA.
Elle est vraiment une chatte toute calme !
( C'est claire que le moyen habile (mensonge) pour SHIZ)

シズカは、花器にたれていた赤い紐(チベットのラマからいただいた)にじゃれて
大変でした。お花がひっくり返ってしまいそうだったので、師匠との契りの印の紐は隠しました。
もっとも、これは見せるものではありませんね。

En réalité était que SHIZUKA a été complètement exitée avec le file rouge que j'ai reçu par le cérémonie tibétain. C'est le file à de ne pas se perdre le chemin de l'Eveil. La base de fleur a été failli tomber. Donc j'ai caché le file rouge. Oui, cette chose n'a pas besoin de montrer à qui que ce soit.



心を鎮めるために、そしてシズカを追い払うために、
竹刀で素振りをいたしました。
女ザムライ復活かと思いましたが、
次の日は筋肉痛で、自分の歳を思い、反省しました。
畳の静けさを味わいながら、ただ無心に茶を点てる。
たとえ、シズカが飛び跳ねても、、、

Pour faire me calmer et faire partir SHIZUKA,
j'ai fait l'exercice de KENDÔ avec le sable de bambou.
J'ai imaginé que mon SAMURAÏ-FEMME intérieur se revient,
Mais, lendemain, j'ai eu de douleurs musculaires !
Oh, pour mon âge je dois faire du thé simplement
avec le coeur vide sur la tranquillité du TATAMI.
Si jamais SHIZ soit me déragé. . .



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by lamteramoto | 2011-07-30 03:31 | Art du Thé 日本の心