お知らせ「五井野正博士芸術講座」

五井野博士による芸術講座開催


緊急のお知らせです。

五井野正博士による芸術講座が2月5日(日)午後5時より、京都市国際交流会館で行われることになりました。


ご都合のつく方は、ぜひご参加ください。
博士御自らの芸術講座は、そう簡単に聴けるものではありません。


http://www.artmedia-1.biz/lect_tadashi-goino_120205.html



■「五井野正博士芸術講座」のお知らせ

■日時:2012年2月5日(日)17:00(受付16:30)~19:00(予定)

■会場:京都市国際交流会館 特別会議室

 京都市左京区粟田口鳥居町2-1
 Tel 075-752-3010
 地下鉄東西線蹴上駅徒歩6分

 会場所在地地図

■会費:10,000円(当日受付にてお支払い下さい。)

■お申込み:(株)アートメディア宛てに、お名前、ご住所、電話番号をご連絡下さい。

 ・電話:03-6268-8033

 ・FAX:03-6268-8034 お名前・住所・電話番号を明記の上FAXして下さい。

 ・E-mail お名前・住所・電話番号を明記の上送信して下さい。
       折り返し確認のメールをお送りします。




^^^^五井野画伯について、池田整治さんのHPからご紹介します


船井幸雄.comコラム「21世紀ヤマトごころの部屋」
DQL04771@nifty.ne.jp

(略)

 ちなみに、その「真実」をあきらかにして、歌川派を復活させたのが、五井野正画伯・博士なのです。つまり、五井野博士が、日本本来の江戸ユートピア市民社会を歴史上世界に再登場させたのです。その流れで、東藝術倶楽部という勉強会が黒木代表の提唱で起こったわけです。江戸の士農工商、老若男女が同じ人間という平等の立場で楽しく仲良く行っていた「江戸勉強会」の再現です。ここでは、年齢・身分・階級などを聞くのは無粋ものと思われました。


 ところでゴッホに初めて浮世絵を見せたのは、娼婦であった奥さんと言われています。当時のフランスでは女性の6人に一人が娼婦と言われ、ずっと社会の底辺にいたわけです。ところが、日本では花魁(おいらん)に代表されるように、お姫様にもなれる。そういう意味でも、ゴッホは、天国日本に仲間を引き連れて奥さんともども来たかったのです。
 その日本への夢の「ツアー」を象徴的に描いたのが、ゴッホの「雨の橋」(広重の浮世絵「あたけの夕立」の模倣と言われている)なのです。描いた川は三途の川でもあり、橋の手前がこの世のフランス、向こう側が彼岸・天国の日本なのです。ゴッホは、日本のわび・さび、そして輪廻転生もわかっていたのです。
 ゴッホがついに描けなかった「6本の向日葵」とは、そのツアーの絵で橋の上に描かれているゴッホ自身も含む6人を意味します。橋の上で、ゴッホが仲間5人を日本に連れて行っているのです。
 もちろん、ひまわりは日本であり天国も意味します。その「六本の向日葵」をゴッホの代わりに、ゴッホの魂とともに描いたのが五井野正画伯作の「六本の向日葵」なのです。
 その五井野画伯の絵は、印象派を超えた心情派として世界で評価を受け、エルミタージュの美術館でも個展がひらかれました。生存画家で個展をひらいているのは、世界で五井野画伯だけです。



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江戸庶民の素晴らしさは、前回、ここのブログでもご紹介しました。

日本人の私も、自国の文化がいかに素晴らしい物だったか、今、やっと本当のことが分かり始め、嬉しく思っています。

『花魁』についても、昨年、秋にパリで日本文化の祭典があり、『花魁ショー』というものも初めて見る事が出来ました。思ったより美しく、花形の花魁になった方の美しさにみとれました。


^^^再び、池田整治さんのブログから


 明治維新の前と後で日本のユートピア社会がいかに劣化していったか。吉原等「花魁」で証明します。
 吉原等遊女と聞くと、小さいときに貧しい農家から身売りされた可哀想な少女たちと連想します。それは、「女衒(ぜげん)」という映画や、ドラマ、そして大衆小説家たちの作品を通じて、私たちの先入観として「刷り込み」されているからです。
 実は、これらの作品群すべてが、明治維新以降のものだと改めて考えたことがありますか? つまり、明治維新以降の実態を表現しているのです。それを、江戸時代はもっと酷かったと、かってに想像しているに過ぎません。万事が全て同じです。
 江戸時代は、子どもを「預けた」のです。しかも25歳までと決まっていました。その間、読み書き、躾、お茶、生け花、琴、三味線、社会常識、花鳥風月の情緒教育等々一流女性としての教育を受けます。さらに一番上の太夫になるには、思いやり等の「人間性の高さ」が決定的に重要でした。
 このような女性としての最高の資質と知識教育を受けた女性たちは、非常に人気でした。今で言う大手プロダクションのスターたちと言えます。しかも教養も人間性など心の中味もトップクラスです。だから25歳で卒業すると、ほとんどが武士の妻になっていったのです。中には3000石の大名のお后になった花魁もいます。
 フランスの一生涯人非人として蔑(さげす)まされた貧しい娼婦とは天国と地獄の差です。だからゴッホは、娼婦であった妻とともに日本に行くことが生涯のかなわぬ夢だったのです。
 ところが、明治維新以降は、悪しき西欧を見習ったお金第一主義の社会となりました。文字どおり、貧しい家庭から少女を「買って」きたのです。そこには、日本文化の自然との一体感の「情緒」は消え、人をも商売のモノとして捉える「エゴ」しかありません。江戸時代は人を「人間性の高さ」で評価していました。ところが明治維新以降は、「お金」で判断するようになりました。それがさらに劣化したのが、現代日本社会と言えるのではないでしょうか。

^^^^^以上で転載、終了


突然なお知らせで申し訳ありません。

ご都合の着く方は、是非、参加して下さい。
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by lamteramoto | 2012-02-05 00:05 | Info d'unrgence 緊急情報