IE9ピン留め

フランス革命と人権宣言

コンピエーニュのシャトーで、ナポレオン1世と2番目のお妃の展覧会に招待されたのを切っ掛けに、当時の歴史をざっと紐解いてみました。

フランス人の友人も革命のことについてあまり細かいことは憶えていないらしく、いろいろ興味がわいて質問しても、はっきりした答えはもらえませんでした。
フランス人にとって革命記念日は残っても、革命のストーリーはあまり必要ではないのでしょう。
私自身も日本の歴史について聞かれても、しどろもどろなのでちょっと安心しました。

それでも、今回、どのように革命が人間の手によって成されたのか興味を持ちました。
そこでいろいろ調べたり、Youtubeで古い映画やTV映画によって再現されたものを見てみました。
女性たちもかなり参加していて、現代の女性の意識の変革への道を開いたようにも感じました。
家庭の主婦だけでなく、当時娼婦として運命づけられた女性たちが積極的だったことも新しい発見でした。

女性たちが武器を手に取って、城に乗り込んでいった場面など、食べ物がないことが理由だったとしても、人間の覚醒へのステップであったと思いました。

革命を指導したロベスピエールとダントンのライバル意識も、人間臭い背面教師として、これからも忘れてはいけない部分ではないでしょうか。
ナポレオンも王制を改革するために、外国と闘うのですが、いざ自分が権力の座に着くと、自分自ら皇帝になり、以前の宮廷時代と全く同じ政治を始めるということになってしまいます。

また、革命の背後には植民地戦争があったことを見逃してはなりません。アメリカの独立戦争は、紅茶の税金がきっかけとなって暴動が始まります。そして英国から独立することへ動き出します。

このアメリカの独立戦争に惹かれ、参加してフランスに戻ったラファイエット侯爵という人が、フランス革命に大きな力を注ぎます。この貴族出身の男性が、なぜこれほどに革命へ情熱を燃やしていったのか、その理由を探しましたが、今までの調べでは、納得いくレポートを発見できませんでした。

ただ、一つ気になることは、彼が2才の時に父を失っていることです。心のバランスを何かによって補う必要があったのではないか。もちろんこれは私の勘ぐりです。父親の不在は、偉過ぎる父を持つ子供と同様に、父を超えようとする時にハードルが高くなるという心理学の押し売りです。

ラファイエット、フランス人権宣言を起草 (ウキペディアから)
1789年、ラファイエットは三部会の第2身分(貴族)代表として選出された。しかし、アメリカ独立戦争(1775-1783)を戦った彼は、フランスの絶対王政を立憲君主制に変革するべきだという構想を持ち、第2身分でありながら第3身分(平民)の側に立って、議会政治の実現に向けて行動した。ラファイエットは、バスティーユ牢獄襲撃後に新設された国民軍司令官に任命されるとともに、フランス人権宣言の起草に着手した。国民議会で採択された人権宣言は、第1条で「人は、自由かつ権利において平等なものとして出生し、かつ生存する」という人間平等を、第2条で天賦の人権、第3条で人民主権、第11条で思想の自由・言論の自由、第17条で所有権の不可侵をうたっており、近代民主主義発展史上に記念碑的な位置を占めるものであった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%83%E3%83%88


<フランス人権宣言>(注:この中の『人』とは白人の男性のみです)

第1条(自由・権利の平等)
人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。

第2条(政治的結合の目的と権利の種類)
すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。

第3条(国民主権)
すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。
                                   
第4条(自由の定義・権利行使の限界)
自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。

第5条(法律による禁止)
法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。

第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権)
法 律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰 を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能 以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。

第7条(適法手続きと身体の安全)
何 人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令 し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければな らない。その者は、抵抗によって有罪となる。

第8条(罪刑法定主義)
法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。

第9条(無罪の推定)
何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。

第10条(意見の自由)
何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。

第11条(表現の自由)
思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。

第12条(公の武力)
人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される者の特定の利益のために設けられるのではない。

第13条(租税の分担)
公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。

第14条(租税に関与する市民の権利)
すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。

第15条(行政の報告を求める権利)
社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。

こちらのサイトから転載しました
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura
/furannsujinnkennsenngenn.htm

写真:コンピエーニュのシャトーと公園

このシャトーは、17世紀にルイ14世の意向で建設されたと言われていますが、本人はあまり使用せず、ルイ15世が狩りのために(大きな森に囲まれているから)好んで来ていたらしい。
18世紀〜19世紀、ナポレオン1世と3世も、狩りの館として、そして特に3世のスペインから来たお妃ウジェニーが楽しんだ場所のようです。
現在は国立の美術館となっています。

学校から子供たちが見学に来ていました。
そのガイドをしていた二人が当時の衣装を着ていたので、写真を撮らせて頂きました。
人物のところが影になってしまって残念!

by lamteramoto | 2010-07-27 02:39 | Nouvelle Terre愛の地球作り | Trackback | Comments(0)

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